15:40 健康診断で全く問題ナスと言われた直後、新宿小田急の地下の「本格的コーヒー」とかいう看板が出ている喫茶店に…普段こんなところ入らないんだけどなぁ…と思いながら同行していた人に合わせて無理矢理入り、アイスコーヒーを飲む。話しながら飲んでる最中に違和感が有りながらもそのままにこやかに分かれ原宿へ移動。17:00-19:00 某社にてモバイルサイト企画の打ち合せ。なんとなく気分悪い。終ってから同席された二人に「飯でも」と誘われたが気分悪いのがそのまま続いていたので遠慮し、気分悪いついでにタクシーで帰社。19:05 自席に着いたのはいいがどんどん気分が悪くなり、コーヒーがヤバかったな吐いてみようと思い立ちトイレに行くが意志に反し大きな音が出そうなのと、朝からパン1つ以外は固形物を食べていず、胃の中に何も無いみたいで挫折。しかしどんどん気分は悪くなり遂に座ってられなくなりベンチで倒れてみる。このへんで小泉さんが心配し始める。横になっていても気分は悪いままというかどんどんイヤな方向に進むので帰って寝ようと思うが、帰れるほど具合が良くない。しょうがないから薬でも服用しようと思って小泉さんに薬局に行ってもらう。胃がムカついて若干痛くて胃痙攣っぽい感じがしたのでそのまま症状を伝えて薬を買って来てもらう。20:30 服用。全く効かず。というか、もっと悪くなる。歩けない。21:00やっとの思いでタクシーに乗せてもらって自室に戻り横になるが全く治まらず。というか寒くて寒くてしかたがない。このあたりから声をだして呻き出す。うーうー。寒さがどんどん強くなって来て、意志と関係なく体が痙攣するように震え出すのだが、この時点ではまだ薬が効いてないのだろうと甘く考えていてあと30分ほど待ってみようとか思っている。21:30悪化する一方なので意識がはっきりしているうちに医師とコミュニケーションを取った方が良いだろうということで以前かかったことのある信濃町の慶應病院に電話するが、入院の場合ベッドがないとあしらわれ、東京医大病院にかけなおす。22:00東京医大病院で電話にでたインターンか医者か良く分からないけど、そいつと症状について話す。しっかり喋ったつもりだけどあんまり何を喋ったか憶えてない。というか、経緯を事細かに聞かれたから、それについて答えていたはず。とりあえず、行くということになったのだが、布団の中でも寒くて震えが止まらないのに出てみるとさらに寒くて気を失いそうになる。全く動けない。ヤバい。ヤバいじゃん。このままだと意識がなくなるなぁなどと自分の中の第三者が思っているのを感じて、ついに救急車を呼ぶ決意をする。22:30救急車の音が聞こえ出してから到着まで随分長く感じた。救急隊員はテキパキと血圧測ったり、体温測ったり(38.5度)しながら、色々と質問してくるのだが、その中で「(´Д`)ハァハァしたの?(´Д`)ハァハァしたの?」と聞かれたのでわけがわからず「(´Д`)ハァハァってなんですか?」と真面目に聞き返したら小泉さんはそれがかなり気に入っていたみたいだ。結局手の痺れが過呼吸のせいかどうか聞きたかったようなのだけど、子供老人相手が多いからそういう口調になっちゃうんだろうなぁとか思いつつもモウロウ。MADALTO並に寒いのに簡易椅子に座らされて1Fまで運ばれたあともっと寒いのにストレッチャーに移されて車内に搬入された。もうこの時点で何がなんだか分かんないくらい辛い。病院がどこにあるのかも分かんないし、そもそも救急車の車内の様子で憶えていることは目の前3cmくらいのところにあったベージュの樹脂の板だけという状況だった。23:05救急車じゃなくてタクシーで行ったら多分随分待たされたはずだと思えるくらい夜間受け付けには人が溜っていたのだが、救急車の患者は最優先らしくいきなり5番と呼ばれる部屋に通されて診察。熱が39.9度まで上がっていて楽しい。看護婦が馬鹿で同じ事を何度も聞いてくる。根気良く答えるが、もしかして俺の回答も馬鹿みたいなのかもしれないとか思うと気が滅入るんだけど、看護婦の39.9なのか39.5なのか分からない発音を聞いていた俺があとで熱を医者に聞かれたとき、発音不明瞭のため5なのか9なのか分からなかったと答えたら、好意的な半笑いで「僕は9と聞こえたんだけど」と答えてくれたのでちょっと医師の疎通ができたと思った。相変わらず寒くて苦しくてもうダメだと思ったあたりにレントゲンとるとか言われて身ぐるみはがれた時はマジで死ぬかと思った。でレントゲン撮影して、さっきの薬のせいで消化器官がサスペンド状態になってることが分かって、そりゃ苦しいだろということが発覚。苦しい証拠に吐きそうになるけど出るものが胃の中にないから吐けないという状態になる。情けないことに苦しくて声が出た。生まれて初めて点滴をしたのだが、もしプラシーボ効果を期待してブドウ糖だの生食だのを点滴するんだったら止めてほしいと思って理由を聞いたら、「緊急時のラインを確保」するとか言われて妙に納得の針挿入だった。脳内ではERのグリーン医師とかカーター医師の「セントラルライン」とか「エピ」とかいうなじみの声が響く。エピは我ながら縁起でもないとも思う。しかし一応上手に針を挿してもらったものの、なんか金属が腕に入ってると思うと気持ち悪いし、動くと針で血管が破られる感じがして恐いなぁ恐いなあ恐いです。で、結局消化器官を動かすために名称忘れたけど別薬を点滴に混入させることに。アメリカのいくつかの州の死刑ってこういうのだよなとか思いながら黄色い薬が点滴に足されるのを見ていた。面白いように自分の腸が動きだすのが分かる。毒を排出するための営みがやっと始まったわけで、そういう状況が理解できて苦しみのピークは越えた感じがした。そしたらちょっと気が遠くなったみたいで、次に気がついたのは次の救急患者が来たということで移動だと言われたとき。とりあえず俺の緊急治療は1段落したらしい。
奥の部屋に移動したのはいいけどそこは阿鼻叫喚地獄というか、足を負傷したらしい親同伴のガキ(女)が叫び放題。曰く「イーーーーターーーーーイーーーーーーヒィーーー!」「マーーーーマーーーーガーーーーいーーーたーーーーイーーーギィー!!!」「かーーーーえーーーるぅううーーーー!!」それが延々続く。言ってる事が支離滅裂なのでそれも気になって落ち着いて寝てられない。親が色々気をまぎらわそうと話しかけるのだが「ママが」「悪い」「痛い」「嫌だ」くらいしか言わないのでしまいには腹が立ちそうになってきたんだけど、看護婦が見かねたのか鎮痛用の座薬を持って来て親と協力してそのガキを押えつけて無理矢理いれた。ぎゃーとかぐわーとかきぃぃぃいいいぃいい!みたいな獣じみた叫び声がしばらく続いたんだけど入った瞬間ガキの口から「ぁ」と普通の短い声が出たのが笑えて笑えてお腹が痛いのに大変だった。しばらくはガキが「うぅうぅうううーーーんんんんーーーーーこーーーー」「いーーーーたーーーーいぃいいぃいーー」をひたすら繰り返して、それが楽しかった。さすがに座薬が効いたらしく静かになった後は俺も90分ほど寝てた模様。点滴が終るくらいに、大丈夫そうだから帰れと言われた。結局悪いものが腸内に入って、お腹がクダるはずだったのが、クダるのを薬で止めてしまって、体内からそれを排出できないので無茶苦茶体が焦って熱出して細菌を殺そうとした、ような感じらしい。ベッドあったら様子見で入院できたかもなぁとか思いながらタクシーで帰ってひたすら睡眠。当り前だけどこの日の予定全キャンセル。熱は次の日の朝まで冷めませんでした。あー死んだ。去年(トラックと自転車で勝負して敗退)のこととか考えると毎年2/27には何かあるのだろうか?と、来年を警戒していきたい。
Posted by MTBeginner at 2003年02月26日 21:06プラシーボ効果が分からない人は、ここを読みましょう。
http://www.page.sannet.ne.jp/onai/Healthinfo/Pracebo.html
ルミノール反応
http://www.businessstandard.jp/ferdi/diary/art.asp?newsid={fc19d902-8fa6-4eb7-99ef-3fa21cbe681e}